−個展の会期が無事終了いたしました。ご自身にとって初となる個展の開催でしたが、いかがでしたか?
自分の作品だけで一つの空間が作られるということ自体が初めてだったので緊張感もありましたが、猛暑にもかかわらず毎日色々なところから足を運んで下さる方々にお会いすることが出来て楽しかったです。真剣に作品を選んでくださる様子も見られて、とても嬉しかったです。
−今回は、70点に及ぶ作品を展示いたしました。小宮山書店の中3階を中心に、各フロアにも動物モチーフが点在する形で作品をご覧いただきましたが、在廊中は創作について熱心に質問されるお客様が多くいらっしゃいましたね。お客様のご質問にもありましたが、改めて陶芸を始めたきっかけをお聞かせください。初めて陶器を作ったのはいつ頃ですか?
沖縄の大学*1で陶芸を学んだことがきっかけで、初めて陶器を作ったのもその頃でした。
元々は大学進学に対してそれほど積極的な興味はなく、むしろ料理が好きなので調理の専門学校の方が気になっていました。美大に興味を持った偶然の出来事や、地元を離れて新しい土地で過ごしたいという思いもあり、思い切って沖縄の大学を選択しました。南の暖かい気候に憧れもあったので。
何か作ることは幼い頃から好きでしたが、最終的に陶芸を選んだのは、どうせ作るなら自分がほしいものを作りたいというぼんやりとした理由です。陶芸なら器も造れるし、絵も描けるし、造形もできるし、出来ることの幅が広いと思いました。
でも、勢いで来た沖縄での4年間で、本当に色々なことが身に付いたと感じています。
私は石川県出身ですが、まず沖縄という生活空間が肌に合っていました。北陸の海は見慣れていましたが、沖縄には海だけではなく、いたる所に見たことのない色彩がありました。陶芸はもちろん、染色や織物など、沖縄の地で育まれた特有の美感が生活の随所にあり、とても豊かでした。
学生ですから学校の課題等はもちろんあり、暇だったわけではありませんが、ゆったりとした時間の流れの中で、人の暮らしと土地そのものに深く根付いた独自の文化を感じながら陶芸が出来たことは、幸運だったと思います。
−言恵さんの作品の最大の特徴とも言える「白いマット釉」も、沖縄で生まれたのですか?
はい。まず陶芸を学ぶ上で、釉薬の存在を知りました。釉薬は陶磁器の素地*2に水分や汚れが染み込まないように、陶磁器の表面を覆うガラス質の膜のことです。釉薬が施されていることで、陶磁器の強度が上がり、食器として使用した時に汚れが付きにくくなるといった実用効果も増します。また、装飾効果も生まれます。
ベーシックな釉薬として、無色透明なものが広く認知されていると思いますが、他にも不透明、マット、乳濁、結晶と、様々な性状のものがあります。こうした性状の違いは使用する原料の種類と、それらをいかに配合にするかによって生まれます。
私が使っている白いマット釉も、さまざまな原料を混ぜ合わせていますが、その中にマグネサイトという鉱物*3があります。マグネサイトの微細な結晶が集まって、光を乱反射し、白くマットな質感に見えるのですが、今の配合になるまでに何度も実験しました。
−言恵さんが思う釉薬の楽しさというのも、そのあたりにあるのでしょうか。
そうですね。料理にしても、色々な調味料を混ぜ合わせたりあれこれ試して作る、実験的なことが昔から好きでした。小さな実験の積み重ねがあって今の作品が成り立っています。
釉薬には、釉薬として成り立つための法則があります。陶芸の歴史は古く、既に多くの完成された釉薬レシピがありますが、レシピ通りに作ったら同じものが完全再現できるかというと、そうでもありません。
既存のレシピに、法則に則ってアレンジを加えることで、自分の理想の釉薬をつくれますし、幾通りも実験が出来ます。さらに私は異なるレシピを持つ釉薬を重ねて使うので、焼成しないとわからない部分が大きいのです。
そんな実験にはまったことが、飽きずに製作出来る理由の一つなのかもしれません。
沖縄で陶芸を学び始めたばかりの頃、学校にあった白マット釉に、飴釉*4を重ねて焼いてみました。焼き上がって窯から出すと、玉子焼きのようなきれいな黄色のマットになっていて、思いがけない結果に嬉しくなったことを覚えています。他にも白マット釉に銅色*5の釉を重ねた場合もきれいな釉調が生まれました。
けれど、次にそれを再現しようとしてもなかなか上手くいかず、白マット釉の濃さや、重ねる方の釉薬の濃さ、素地の土の種類など、いろんなパターンを実験していました。それをやっている人が周囲にいなかったので、未知の領域に挑戦しているような気分にもなっていたのだと思います。
実際には、釉薬を重ねて施すという技法は昔からありますが、色々な種類の釉薬を色々なパターンで組み合わせて重ねてみることで、そこから自分なりの表現が生まれる可能性を感じました。
−白いマット釉を作品のベースに施すことが多いのは、白そのものの美しさはもちろん、他の釉薬を重ねた時の発色の良さという点がありますか?
それもあります。同時に触れた時の質感も私にとってはとても重要です。この調合の釉薬がもつ、きめ細かく滑らかな質感が気に入っているので使っています。
−釉薬を施す前の造形も、実際の生き物の骨格をそのまま形作るというより、あえてイメージの中のフォルムに近い形で、ゆるやかな輪郭を保たせているように感じます。成形することについてはいかがですか?
実は、焼成する前の、粘土の状態の動物も大好きです。土を成形した段階の独特で優し気な、やわらかい雰囲気は残念ながら焼くことで失われますが、焼かなければ、それは陶磁とは言えず安全に飾っておくことも出来ません。逆に、焼くことでようやく美しい状態になる釉薬を施すことで、作品は完成されます。
私はかなり厚めに釉薬を施すので、粘土で成形したディテールが鈍くなったりもしますが、そこを含め、粘土から生まれる形と釉薬を纏った姿が、求めるイメージとうまくかみ合うようにと考えながら成形しています。
−今回の作品も、ふかふかとリッチな動物のしっぽなど、素地の粘土はかなり複雑な模様を深く彫り込んでいるのに、その彫りはほとんど見えないほど分厚い釉薬が覆っていますね。
はい。やはり、実際の動物の形を再現するということにはあまり興味がなく、自分が作った造形そのものを見てほしい、という気持ちもそれほどありません。
それよりも、触って気持ちが良かったり、毎回微妙に異なる釉薬の動きや物質と物質の反応による美しい結晶に驚いたり、そういうことを共有する喜びの方がはるかに大きいです。
−以前、沖縄での4年間の後に進んだ金沢美術工芸大学で、『塵から成るもの、人が成す石』と題した修士論文を著したと伺いました。現在の創作にも結びつく内容だと思いますが、このタイトルに込めたことについてお聞かせください。
元々、考古学や歴史に興味があり、土地に根付く文化を調べたり、各地の民話や伝承、神話といった物語を読むことが好きでした。
その中で、神が土(ちり)から生き物をつくったという記述を目にしたり、神が泥人形をつくってそこに命を与えた、というものがあり、土から形を成す行為が太古の昔から人にとって普遍的な行為であったことを読み取りました。
たしかに、陶芸に使う粘土は細かい塵(ちり)の集合体ですが、それに手を加えると、いかようにも美しい形が生み出すことが出来、縄文人でも、現代を生きている私でも、等しく塵から作品を作り出すことが出来ます。
陶器を作る上で、そうした古来の考え方に対する自分なりのアプローチが、製作の軸にあると思います。
「人が成す石」とは、つまり人工石ですね。私は土(ちり)から形作ったものを窯で焼くことで、もう土には戻ることの出来ない人工的な石を作っています。
美しい釉薬の性状の中には、天然の石に似たものもありますが、瑪瑙(めのう)などの天然の石には、模様のような鉱物結晶が見られるものがあり、それらは息を呑むほど美しいです。美しい自然石と、私が作った人工石を比べてしまうと、やはり敵わないな、という思いがしますが、人工石つまり陶磁器にも確たる魅力があって、私はその違いを「人の思いが込められる」という所にあるのだと考えています。
自分の感性から湧き上がる思いや祈りを込めて土から形づくり、石を成す。そういう行為が陶芸だという意味の論文を書いて、「塵から成るもの、人が成す石」という題をつけました。
その上で、私が作品に込めたいものは、「愉快な気持ち」です。自分自身を含め、作品に触れた人の心が少しでも楽しく豊かになるような作品を、いつも目指しています。
−作品のモチーフには、動物や植物が多いですね。図鑑に載っている生き物だけではなく、羽をもった兎や獅子に加え、竜など物語に登場する架空の生き物も作品にされています。
単純に動物の形が好きということもありますが、製作については、空想の中のイメージを手から作り出すという印象が自分の中にあります。簡単なイメージを図案化してから作品を作ることもありますが、実際には土を触りながら気がついたらまったく予定していなかったものを作っているということの方が多いような気がします。今回は初めての個展だったで、大好きな海の生き物も登場しました。
−製作の際は、美感だけではなく化学的現象や物理的現象が作品に関わることを意識してしまうともおっしゃっていました。
そうですね。色彩として主に使用しているコバルト釉*6や銅釉(どうゆう)も、窯に入れる前は薄いグレーのような色味ですが、高温で焼成して初めてブルーやグリーンに発色します。刷毛や筆で施す釉薬の微妙な量の違いによってもそれぞれの鉱物の反応が変わり、発色の具合が異なりますし、白マット釉とコバルトや銅を重ねた時の色の交わり方、結晶の見え方も随分違います。
そういった、コントロールしきれない化学現象が毎回すごく楽しいです。
人が作る石ですから、人が発見した化学式や学問を知っている限りは使って、素敵なものを作りたいですね。
−最後に、白いマット釉と共に言恵さんの作品の大きな特徴の一つである「つぶつぶ」についてもお聞かせください。以前、ガラスの原料を使っていると伺いました。
はい。これも在学中の実験によるもので、窯に入れる前の成形した粘土に、原料を試しにちょんと乗せてみたら思いの外相性が良く、焼き上がった陶器を見て自分でも感動しました。
大発明だ!と思い、嬉しくて当時の作品にはこの「つぶつぶ」が大量に施してあります。
−まだまだ伺いたいことはありますが、まずは初の個展、本当にお疲れ様でした。
次の作品も、楽しみにしています。ありがとうございました。
会期中から新たに作ってみたい生き物が続々と浮かんでいるので、私も楽しみです。
ありがとうございました。
2024年8月
注釈
*1沖縄県立芸術大学
*2陶磁器の素地とは、磁土や陶土といった粘土が焼成される前の状態。
*3鉱物とは、主に自然現象により形成された無機結晶物質のこと。化学式で成分を表すことが出来る一定の性質を有する固体。英語ではMineral。
*4飴釉とは、赤茶色に発色する酸化第二鉄を着色剤として配合した釉薬。
*5銅釉とは、緑色に発色する酸化銅を着色剤として配合した釉薬。
*6コバルト釉とは、青色に発色する鉱物であるコバルトを着色剤として配合した釉薬。
村田言恵個展「Mellow Ceramics」
会期:2024年8月8日〜8月18日
会場:小宮山書店中三階
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-7
作品は、引き続き弊社ウェブサイトに掲載、販売しております。ぜひご覧くださいませ。
https://www.book-komiyama.co.jp/booklist_feature.php?feature=539
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株式会社小宮山書店/KOMIYAMA TOKYO G